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カレー細胞 -The Curry Cell-

あらゆるカレーを紹介し続けるプロジェクト。 時々、珍生物記事もアップするのでマニアは要チェック! 【禁無断転載】写真、文章を転載希望の方はコメント欄などでご連絡ください。

金沢カレーのパイオニア、その凄みを探る。「カレーのチャンピオン本店」(野々市)

金沢カレーの歴史を辿る旅。
今回一番の目的地はこちら。


「カレーのチャンピオン本店」

通称「チャンカレ」。
金沢の洋食文化が生んだ「金沢カレー」のパイオニアとしてJapanese Curry Awards2017受賞。
実は今回、そのメダルを届けに来たのです。

今や全国的知名度となった「金沢カレー」。
けれど、その歴史については曖昧にされていることが多すぎました。

そもそも「金沢カレー」という言葉自体、2000年代に入って「ゴーゴーカレー」がプロモーショナルな意味で広めたものであり、それ故、町おこしB級グルメ的な見られ方をすることもありますが、違うんです。
全然違うんです。

私が金沢に住んでいたのは1988~1992年の4年間ですが、それより遥か前、1960年代から、金沢の洋食文化に培われ、確立したカレーのスタイルこそが、今日「金沢カレー」と呼ばれているものなんですね。

ですが上記のような理由から、永らく「金沢カレー」とググるとゴーゴーカレーばかりがヒットする。
またはゴーゴーカレーの姉妹店としての「ターバン」が「金沢カレーのパイオニア」として引っかかってくる。
一方金沢にいくつかあるカレーの老舗は「金沢カレー」のワードには引っかかってこないため、世間一般の大きな誤解が生じてきたわけです。

このことに私はずっと引っかかっていました。

「金沢カレーのパイオニアはターバン」
このことはある意味真実であるとともに、ある意味大きな誤解を生む原因となっています。

事実関係を要約すると、
洋食シェフとして金沢カレーのレシピの基礎を作った田中シェフは、「ターバン」立ち上げ時の共同経営者の一人だった。
が、数年後に共同経営は解消、金沢には長きにわたり2つのターバンがあった。
レシピを持った田中氏の「ターバン」は後に改名、「カレーのチャンピオン」として知られている。


ということなのです。


野々市にあるこの「カレーのチャンピオン本店」はかつて、「タナカのターバン」と呼ばれており、私も良く通ったもの。

その創業者であり、金沢カレーのレシピの基礎を作った田中吉和氏は、几帳面にモノを保管する性格だったらしく、
こちらのお店には金沢カレー黎明期の貴重な資料が展示されています。

金沢カレーの黎明期は1960年代。
当時を知る者も少なくなってきた今、その歴史をしっかり記録しておこうと今年、チャンカレのサイトに素晴らしい記事が公開されました。

⇒「金沢カレーの歴史」

憶測や誇張を排し、冷静に、現存する資料と当時を知る人の証言によって構成された、素晴らしいコンテンツ。
本当はこれを読めば、私が伝えることなど何もないのですが・・・・

まず驚くのは、田中吉和氏の洋食シェフとしてのルーツ。
日本洋食のパイオニアとして有名な、あの「東洋軒」にまで溯るんですね。

1950年代、鉄道弘済会が運営母体である「レストラン ニューカナザワ」で初代チーフコックとして勤務した田中吉和氏は、その後独立し「洋食タナカ」を開業。
1963年頃までには今日「金沢カレー」と呼ばれるスタイルのカレーを提供開始、人気を呼びます。
この頃田中氏から直接・間接的に共有されたレシピによって生まれたのが「インデアンカレー」(1964)「キッチンユキ」(1966)「カレーの市民アルバ」(1971 )
これらのお店が金沢カレーの源流と呼ばれる所以です。

一方「洋食タナカ」もカレー人気を受け1965年に「カレーライスのタナカ」と改称。

(当時のメニューがお店に展示されていました)

そして1971年。
「カレーライスのタナカ」の常連だった岡田隆氏の誘いで「カレーのタナカ」を改称。
田中・岡田両氏共同経営としたのが「ターバンカレー」の始まりです。

この時まさに「ターバン」は本家本流「金沢カレーの元祖」といえる存在でした。

ところが1973年、田中氏と岡田氏は共同経営を解消。

田中氏は本拠を野々市に移し「タナカのターバン」として再スタート。
その後20年ほどの間、2つの「ターバン」が共存することになります。

さらに1996年。
「ターバン」という名が商標登録され、「タナカのターバン」は「ターバン」を名乗ることができなくなり、「カレーのチャンピオン」と改名。
今のチャンカレに至るわけです。


今日、金沢カレーのイメージとして刷り込まれている赤と黄色も、地元ではチャンカレのイメージカラー。
「ゴーゴーカレー」が新宿でスタートした際も「あ、チャンカレを真似たな」と皆思ったものです。

実は今回、厨房内も見学させていただいたのですが、ここで目から鱗が落ちるような、相当な衝撃を受けました。
(ちゃんと衛生帽をかぶって入りました。もちろん目から鱗を床に落としたりもしていませんよ)


見てください。
全ての厨房設備が、昨日設置されたかのようにピカピカ。
隅々まで油カスひとつ見当たらない。
聞けば10年以上使っている設備とのことですが、ちょっとありえないレベルです。

「プライドですよ」とは厨房の職人さんの弁。


そして、大鍋でルゥをじっくりじっくりかき混ぜ続ける大ベテランシェフ。
実はかつて「インデアンカレー」の人気メニュー「ヤサタマ」を開発したご本人!
金沢カレーのパイオニアたちの人的交流を実感。

その他、厨房のどこからも見える複数の時計配置、曜日や時間による来客数、オーダーを予測し先回りした仕込みなど、「チェーンのカレー店」というイメージとは真逆の「研ぎ澄まされた洋食職人たちの連携プレー」。

遥か昔、「東洋軒」から連なる、由緒正しい金沢洋食文化が、カレー専門店というカタチで受け継がれていることを実感しました。

・・・さて、感心しているだけではいけません。

本店の職人たちによる、特別なカレーをいただかねば。
私としては実に四半世紀ぶりに。

★ミニカツカレー ¥580
★ソーセージトッピング +¥100


チャンカレの代名詞でもあるLカツカレーに対し、カツ薄めの通称「Mカツ」でのオーダー。
トンカツの肉の美味さを楽しむならLカツ、衣のサクッと感を楽しむならMカツといったところです。
もちろん、マヨネーズかけは欠かせませんよ。
これで一気に洋食感がアップします。


まずはカレー自体。
「ターバン」分裂後、レシピを改良した結果、他の金沢カレーと比べてもスパイシーさが強いのが特徴。
そして、田中氏のレシピを受け継ぐ「キッチンユキ」「アルバ」「インデアンカレー」に共通する独特の「旨み」も健在です。
やっぱり中毒性ありますね。

さらに今回は甘口も食べ比べてみたのですが、こちらは刺激抑え目。フワッとした旨味押しでこれまた好きな人には好きな味。

Mカツの衣はサックサク。
油がカレーに垂れてベチャットすることもなく、このあたりは流石の職人技。

さらに、今回再認識したのがウインナーの美味さ。
これ、どうしようもなく美味いです。

聞けば、揚げてカレーに合わせるためのウインナーというのが世の中に存在しなかったため、オーダーメイドで開発したそう。
脂がカレーを邪魔することなく、旨味と歯ごたえだけが加算されるという素晴らしい役を担っています。
トッピングマストですね。

今回の訪問で実感しました。
金沢カレーとは、いったい何か。

「洋食の伝統的な技法・製法をベースにし、金沢の地で合理化・再設計されたカレー」

ということが。


実はチャンカレの次の動きとして、レシピの一般公開、つまりオープンソース化が進行中とのこと。
金沢カレーに対する誤解を解くためだそうですが、レシピ公開しても真似しきれない経験値と職人技がなければできないこと。

金沢カレーの絶対王者、ガンガン攻めてますね。

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